タイトルはお前が決めてくれ!
俺がコンビニのバイトで休憩していると、俺の携帯がバイブレートした。メールを着信したことを告げた。着信者の名前は分からず、アドレスだけが表示されていた。胡散臭いと思いながらも、メールを開けると件名には“吉村や!”とあった。まさかなと思いながら本文を見た。
“今すぐ、阿南の「アメシスト」という喫茶店に来い。お前ん所の店長にはナシつけてある”
そんなまさかと思って、店長に聞くと、店長は「すぐ行ってこい」と言って、俺はバイトを途中で抜け、吉村の指定した喫茶店に向かった。
吉村の指定した「アメシスト」という喫茶店は阿南駅前にある小さな店だった。小さいが、中はとてもきれいで、床もカウンターもストゥールもテーブルもチェアも全部同じ木を使ったウッドデッキだった。
客は吉村以外誰もいなかった。吉村はテーブル席の一つを陣取って、なぜかラーメンを食っていた。吉村は俺が来たことを認めると、箸とレンゲを丼の中に突っ込んで、俺を手招きして呼び寄せた。俺は吉村の対面に座った。俺が吉村と会うのは成人式以来だから、もう七年になる。
「意外と早かったじゃねえか」
七年経っても吉村は変わらなかった。ぼさぼさした暗褐色の天然パーマの髪に、色落ちしたTシャツの上に薄汚れたアロハを羽織り、今日びどこの古着屋でも置いていないような、到底オシャレとは言い難いジーンズを穿き、汚いサンダルをつっかけた無頼漢然とした風貌、下卑た声と喋り方。こいつが俺の小学校の時からの同級生、吉村という男である。
「俺、バイト中だったんだぞ。それを途中で呼び出しやがって」
吉村は高笑いして、
「まあ、いいじゃねえか」
吉村は細かいことは一切気にしない。超がつくほど大雑把な人間である。
「何でお前が俺の携帯のメアド知ってんだ? お前には教えたことなかっただろうが」
「どうでもいいじゃねえかよ、そんなこと」
どうでもよくはないのだが、これ以上突っ込んでもあいつは昔からすいすいすいすい人の質問を全て受け流して、かわしてしまうようなとんでもなく、へらこい奴だ。
「それより、何でラーメンなんか食ってんだ? ここは喫茶店だろ?」
「コーヒーもうめえぞ」
「そうじゃなくて。何で喫茶店なのにラーメンがあるんだよ」
「お前も頼めよ。ここのラーメン――しょうゆラーメンな――ここのぁな、どこにでもあるようなラーメン屋のラーメンより数倍うめえぞ」
「俺の話を聞けよ。どうしてこの喫茶店にはラーメンがあるんだ?」
吉村は顔をしかめて舌打ちした。どうやらもう適当なボケが思い浮かばないらしい。
「ここぁな、昔ぁ、ラーメン屋でな。そん時の旦那ぁ独り身だったのよ。ほんで、ちょいともったはんの所の娘さんと結婚してな。その娘さん――嫁さんな―― その嫁さんは大のコーヒー好きで前々から喫茶店をやりたかったらしいのよ。で、旦那ぁ嫁さんにぞっこんよ。何せ、別嬪さんだからな。でもな、この店を喫茶店にする替わり、喫茶店になってもラーメンを作らせてくれんなら喫茶店にしてもいいぜって嫁さんに条件出した。で、嫁さん旦那にぞっこんよ。何せ、ここの旦那ぁ結構男前だからな、条件飲んだ。ほんで、ここはラーメン屋から喫茶店になったのよ」
なるほどな――って、納得している場合じゃなかった。俺はこいつとラーメンの話をするためにここに来たわけじゃないことを思い出した。
俺が口を開こうとすると、吉村がイニシアティヴを取った。吉村はラーメンを食べるのを再開していた。
「お前、山内美有紀に目ぇ付けられたらしいなあ」
吉村はレンゲを使わず、丼を持ってずずずっと、スープを飲み干した。俺は何気なく言った吉村の言葉に眉根を寄せた。
山内美有紀はデパートの携帯電話販売コーナーで働いている二十二歳の女の子で、俺とは三日前、友人が主催する合コンで知り合った。俺は人数合わせのために呼び出され、参加したのだ。しかし何でこいつは俺がプライベートで知り合った女の子のことを知っているのか訳が分からない。
「何でお前が山内美有紀のことを知ってるんだよ」
「んぁ? んなもん、企業秘密じゃ」
何が企業秘密だ。俺にしてみればお前みたいなのがこの世に存在すること自体イレギュラーだと思う。
「あの女ぁやめとけ。あの女は男を食いもんにする。特にお前みたいなイケメンはな!」
吉村はイケメンのところだけ語気を荒げた。とはいえ、イケメンといわれても自分はそう思ったことがない。しかし、よくよく自分の過去を思い返してみれば二月十四日のヴァレンタインデーでチョコレートに事欠いたことは無かったということを思い出した。こいつはそういうことだけ根に持つのだろうか?
「それで、俺とお前と山内美有紀の間に何の関わりがあるんだ?」
「俺は関係ない。ただ頼まれただけじゃ」
「頼まれただけ? 何を?」
「そっから先は残念ながら言えん約束になっとってな」
守秘義務ってヤツか。こいつ、探偵なのか?
「とはいえ、山内の身の回りを探んりょったらたまたまお前の名前が出てきてな」
「それで俺を呼んだわけか」
「ほういうこっちゃ」
「おれはバイト中だったんだぞ。バイト料減ったらどうすんだよ」
「ほれについては心配すんな。俺ぁ、あのヒゲオヤジの弱みを握っとうけんのう。ほれにいまからお前にやってもらうんもバイトみたいなもんじぇ。成功したら報酬が出る。その報酬の何パーかはきちんと払うたるけん」
どう考えても眉唾もんの胡散臭い話だ。適当に断って家に帰ろうと思った。それにこいつが店長の弱みを握っていることについてはもう考えることはやめにした。考えてもどうせ無駄だからだ。
「まあ、信じひんのやったらほれでええ。家に帰ってももろうてもいっこうに構わん。ほなけんどな、お前が中学のとき付き合いよった庄野由香奈と一線越えようとして堪え切れんかったぐらいのスピードシューターやいうのが唯ちゃんにバレたら嫌やろ?」
こ、こいつぅ!? 俺がずっとずっと固く硬く厳重に厳重に封印しようとしている記憶を……。
「……わかったよ。やればいいんだろ、やれば」
「ほう。ほれは助かるわ。俺一人ではできひんからなあ、さすがに」
この野郎、高校の頃よりも卑怯度が格段に上がってやがる。
“今すぐ、阿南の「アメシスト」という喫茶店に来い。お前ん所の店長にはナシつけてある”
そんなまさかと思って、店長に聞くと、店長は「すぐ行ってこい」と言って、俺はバイトを途中で抜け、吉村の指定した喫茶店に向かった。
吉村の指定した「アメシスト」という喫茶店は阿南駅前にある小さな店だった。小さいが、中はとてもきれいで、床もカウンターもストゥールもテーブルもチェアも全部同じ木を使ったウッドデッキだった。
客は吉村以外誰もいなかった。吉村はテーブル席の一つを陣取って、なぜかラーメンを食っていた。吉村は俺が来たことを認めると、箸とレンゲを丼の中に突っ込んで、俺を手招きして呼び寄せた。俺は吉村の対面に座った。俺が吉村と会うのは成人式以来だから、もう七年になる。
「意外と早かったじゃねえか」
七年経っても吉村は変わらなかった。ぼさぼさした暗褐色の天然パーマの髪に、色落ちしたTシャツの上に薄汚れたアロハを羽織り、今日びどこの古着屋でも置いていないような、到底オシャレとは言い難いジーンズを穿き、汚いサンダルをつっかけた無頼漢然とした風貌、下卑た声と喋り方。こいつが俺の小学校の時からの同級生、吉村という男である。
「俺、バイト中だったんだぞ。それを途中で呼び出しやがって」
吉村は高笑いして、
「まあ、いいじゃねえか」
吉村は細かいことは一切気にしない。超がつくほど大雑把な人間である。
「何でお前が俺の携帯のメアド知ってんだ? お前には教えたことなかっただろうが」
「どうでもいいじゃねえかよ、そんなこと」
どうでもよくはないのだが、これ以上突っ込んでもあいつは昔からすいすいすいすい人の質問を全て受け流して、かわしてしまうようなとんでもなく、へらこい奴だ。
「それより、何でラーメンなんか食ってんだ? ここは喫茶店だろ?」
「コーヒーもうめえぞ」
「そうじゃなくて。何で喫茶店なのにラーメンがあるんだよ」
「お前も頼めよ。ここのラーメン――しょうゆラーメンな――ここのぁな、どこにでもあるようなラーメン屋のラーメンより数倍うめえぞ」
「俺の話を聞けよ。どうしてこの喫茶店にはラーメンがあるんだ?」
吉村は顔をしかめて舌打ちした。どうやらもう適当なボケが思い浮かばないらしい。
「ここぁな、昔ぁ、ラーメン屋でな。そん時の旦那ぁ独り身だったのよ。ほんで、ちょいともったはんの所の娘さんと結婚してな。その娘さん――嫁さんな―― その嫁さんは大のコーヒー好きで前々から喫茶店をやりたかったらしいのよ。で、旦那ぁ嫁さんにぞっこんよ。何せ、別嬪さんだからな。でもな、この店を喫茶店にする替わり、喫茶店になってもラーメンを作らせてくれんなら喫茶店にしてもいいぜって嫁さんに条件出した。で、嫁さん旦那にぞっこんよ。何せ、ここの旦那ぁ結構男前だからな、条件飲んだ。ほんで、ここはラーメン屋から喫茶店になったのよ」
なるほどな――って、納得している場合じゃなかった。俺はこいつとラーメンの話をするためにここに来たわけじゃないことを思い出した。
俺が口を開こうとすると、吉村がイニシアティヴを取った。吉村はラーメンを食べるのを再開していた。
「お前、山内美有紀に目ぇ付けられたらしいなあ」
吉村はレンゲを使わず、丼を持ってずずずっと、スープを飲み干した。俺は何気なく言った吉村の言葉に眉根を寄せた。
山内美有紀はデパートの携帯電話販売コーナーで働いている二十二歳の女の子で、俺とは三日前、友人が主催する合コンで知り合った。俺は人数合わせのために呼び出され、参加したのだ。しかし何でこいつは俺がプライベートで知り合った女の子のことを知っているのか訳が分からない。
「何でお前が山内美有紀のことを知ってるんだよ」
「んぁ? んなもん、企業秘密じゃ」
何が企業秘密だ。俺にしてみればお前みたいなのがこの世に存在すること自体イレギュラーだと思う。
「あの女ぁやめとけ。あの女は男を食いもんにする。特にお前みたいなイケメンはな!」
吉村はイケメンのところだけ語気を荒げた。とはいえ、イケメンといわれても自分はそう思ったことがない。しかし、よくよく自分の過去を思い返してみれば二月十四日のヴァレンタインデーでチョコレートに事欠いたことは無かったということを思い出した。こいつはそういうことだけ根に持つのだろうか?
「それで、俺とお前と山内美有紀の間に何の関わりがあるんだ?」
「俺は関係ない。ただ頼まれただけじゃ」
「頼まれただけ? 何を?」
「そっから先は残念ながら言えん約束になっとってな」
守秘義務ってヤツか。こいつ、探偵なのか?
「とはいえ、山内の身の回りを探んりょったらたまたまお前の名前が出てきてな」
「それで俺を呼んだわけか」
「ほういうこっちゃ」
「おれはバイト中だったんだぞ。バイト料減ったらどうすんだよ」
「ほれについては心配すんな。俺ぁ、あのヒゲオヤジの弱みを握っとうけんのう。ほれにいまからお前にやってもらうんもバイトみたいなもんじぇ。成功したら報酬が出る。その報酬の何パーかはきちんと払うたるけん」
どう考えても眉唾もんの胡散臭い話だ。適当に断って家に帰ろうと思った。それにこいつが店長の弱みを握っていることについてはもう考えることはやめにした。考えてもどうせ無駄だからだ。
「まあ、信じひんのやったらほれでええ。家に帰ってももろうてもいっこうに構わん。ほなけんどな、お前が中学のとき付き合いよった庄野由香奈と一線越えようとして堪え切れんかったぐらいのスピードシューターやいうのが唯ちゃんにバレたら嫌やろ?」
こ、こいつぅ!? 俺がずっとずっと固く硬く厳重に厳重に封印しようとしている記憶を……。
「……わかったよ。やればいいんだろ、やれば」
「ほう。ほれは助かるわ。俺一人ではできひんからなあ、さすがに」
この野郎、高校の頃よりも卑怯度が格段に上がってやがる。
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